2012年01月23日

沖縄チャンプルー博覧会

沖縄チャンプルー博覧会が22日、沖縄市ミユジックタウン音市場で開幕した。
期間22日~3月11日まで、文化、自然、リゾート、食など沖縄の地域、資源、

お宝を発掘する、プログラム85が沖縄市を中心に開幕した。エイサーの始祖と
される「袋中上人」の出身地、福島県いわき市からも「小名浜じゃんがら同友会」が

出演し、盆の時期に死者のみ霊を慰めるじゃんがら念仏踊りを演舞した。





















  

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2012年01月09日

春や春

おかげさまで創業35周年・ 春や春の入場券が手に入り、「春や春」を観賞にコンベン
ション展示棟に出かけた。制作・統括プロデユサー・司会と兼ねた大嶺正廣氏のダイナ
ミックな話術で始まり。寸部の幕間もない展開にこれだけの演目を2時間弱で閉じた。

第1部・琉球王国 第2部・春や春 第3部・五穀豊穣と琉球王国の栄華と芸能を
保護育成し、現代に繋げた様を見事に演じた。

沖縄の芸能をこれまでず~と側面から援助育成に協力いただいた代表取締役会長
の長濱徳松氏の意向にかなった演目と内容だっただろうと思います。

また、顔が1秒で変わる、スペシャルゲスト中国国技「変面」には驚いた。3人で45回
変わるようだ。













*読谷村の国道58号線の牛、豚の当時奇抜な広告像には驚いた。しかしもっと驚いたことは
像の睾丸が何者かに取られ、また修復し、また取られ、また修復・・・・と笑えないいたずら??に

腹が立った、と同時に沖縄中の話題になり、車とめて見学者も増え、オキハムのコマシャルにも
なった????。


  

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2011年12月18日

トリック アート

見て 触って 撮って 楽しもう   トリックアートinトミトン
絵からはみ出して見えるが、12月17日から1月15日まで開催された。

私もテレビでちょくちょく拝見していたので、さっそくはせ参じた。会場は親子ずれで
ぎっしり、白髪の一人身は私一人カメラを構えてうろうろ、次は孫と一緒だ!!!。

*下の画の柱、上を数えたら5本だけど、下を数えたら何本???。

 



 





  

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2011年12月04日

第1回伊是名郷友芸能協会公演

平成23年11月13日宜野湾市民会館において、第1回伊是名郷友芸能協会公演が
島から大勢の村民が応援に駆け付け盛大に行われた。以下写真で紹介













  

2011年11月17日

第2回伊是名フェア i n コープ牧港

*第2回伊是名島フェアin コープ牧港が11月11日~13日まで盛大に開催され
多くのお客さんで賑わった。私も油味噌を2個買い毎日ご飯の御供として
楽しんでいる。  

またお楽しみイベントとして尚円太鼓、島幸子、鉢嶺元治ライブがあり
買い物客の注目を浴びた。




* 村長初め関係者の皆さん。



* 島から議長はじめ多くの大くの応援団が駆けつけた。













  

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2011年11月10日

赤嶺弘子芸歴50周年記念公演

赤嶺弘子芸歴50周年記念公演  箏の音色に魅せられて
が平成23年10月30日5時から、浦添市てだこ大ホールで、50年の集大成が

超満員のお客さんで賑わった。2年前に大きな病に倒れ危ぶまれたが

「箏の玉色(たまいろ)に 生命甦(すく)わりてぃ
    師匠(うや)と友達(どぅし)情き  頭(ちぢ)にかみら」
                        (赤嶺弘子詠み)

の不屈な精神で見事大輪の花を飾った。以下・・・・。























  

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2011年10月27日

那覇大綱挽き

第41回那覇大綱挽祭りが23年10月8,9,10,行われ大綱挽、旗頭行列が9日(日)
国際通り、58号線で行われた。綱の大きさ太さ長さがギネスブック世界一の
綱引きを数万の人で狂喜、乱舞し世界一の綱引きを心行くまで引いた。以下・・




 那覇市長等ムムヌチハンター姿も勇ましく、ムトヌ若さトイムドチ!!!



垣花の旗頭行列、 次の世代へ しっかり引き継ぐ









国際通り牧志公演近くの3m大のシーサー


  

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2011年10月13日

第5回世界の沖縄人大会

第5回世界のウチナーンチュ大会が10月12~16日行われる。その前夜祭が12日
那覇市の国際通りで世界23国2地域から4000人の大パレード、1番手はアメリカ

各州からダイヒーバーこれはいつかはアメリカ大統領でも出せるんじゃないか
ウチナーンチュの誇りと心意気がひしひしと伝わる、こみ上げてくるのを抑えて

カメラを押す、沖縄女性のパワーには驚く、このパレードは沖縄女性の威厳の
パレードだ!!!。英語、ポルトガル語、イスパニア語、フランス語、うちなー

語、パレード側と沿道側、心は一つ雨もなんのその故郷の大地を踏みしめながら
その声天まで届け世界の果てまで!!!そして私も引っ張り出されて踊った
カフーシニヘードー。 

*12月6日琉球新報社の記事にウチナーンチュ大会県外参加者、最多7363人
海外は5317人、(事務局まとめ)追加12月7日挿入。










































  

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2011年09月25日

伊是名村敬老会

平成23年度伊是名村敬老会が一度は台風15号の影響で延期になり22日に行われ
私も特別招待するから、古典を独唱してくれとの依頼で快く返事で参加した。

芸能の盛んな島、第二尚王統(19代)始祖尚円の生まれ島、沖縄の政界、経済界
文武両道に多彩な人材も数多く輩出している。1588人の人口で65歳以上が442人
高齢化率が27,83%。この島は老若男女意気揚々たるもんだ。

私の独唱中に物音、声一つなしにあまりの静けさ、こんな光景初めて見た。
ニヘーデービル(ありがとうございます)。次会も・・・・・・・・。











  

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2011年09月14日

内間の獅子舞、棒

    満月に獅子が舞う   ~旧八月十五夜豊年祭り~

浦添市内間では昔から旧暦の八月十五夜に獅子舞を行い集落や家庭の悪霊を祓い、五穀
豊穣と子孫繁栄・健康を祈願して十五夜祭りを行ってきた。内間の獅子舞は勇壮さと

多彩さで知られ獅子舞の由来については、尚真王(1477~1520年)の時代に
茶貫軒丸が内間に獅子舞を伝えたとされている。













  

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2011年09月04日

内間青年会エイサー

エイサーの由来は浄土系の念仏歌にはさまれている、ハヤシの一つ「エイサーエイサー
ヒヤルガエイサー」から来ている。沖縄県では旧盆の時期に現生に戻ってくる祖先の

霊を送迎するため若者たちが歌とハヤシに合わせ踊りながら地区の道を練り歩く、
7月舞(もーい)又は念仏廻り(にんぶちモーイ)とも呼ばれている。

  内間青年会のエイサー






  

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2011年08月24日

46回芸能コンクール

野村流音楽協会第5回琉楽奨励賞銅賞表彰式8月7日と琉球新報社主催第46回芸能コン
クール三線新人賞合格発表8月18日と優秀賞発表8月23日の合格者親子3人を紹介。

今年4月11日比嘉龍介(父)まゆみ(母)政斗(子)3人が私の稽古場に来た。
父の龍介氏は私の所で29年前に新人賞を受賞して将来が楽しみな青年でしたが

以来仕事の都合で中断非常に残念でしたが、今度奥さんと子供を連れて帰ってきた
さー優秀賞にチャレンジだ受験までに4カ月伊野波節を弾かせてみた、んーこれは

絶対いける、奥さんは初めてなのだが三線を捕まえさせた、ほー!これも新人賞
まで丁度4カ月間に合う、自分の直感に賭けた、いきなり伊野波節を練習、よく耐えた

頑張った。私もこれまで新人賞だけで25人も合格させた。その中でも歴史に残る
最短距離だ、今回で最初で最後だこの暴挙は?。さて銅賞の政斗君、前のページで
紹介済み、    「親子3人合格おめでとう。」

昨日優秀賞の発表後稽古場で、独唱させた。政斗君汗をふきふき銅賞より緊張した、
で周囲を笑わせた。同じくまゆみさんやっぱり親子同じことをいう。

龍介さん、干瀬節ではだめ、いきなり仲風節を唄わせた。教師の力は十分だ。 







  

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2011年08月10日

野村流音楽協会、琉楽賞

第5回琉楽奨励賞、入賞者表彰式・激励公演が23年8月7日(日)表象式11時・公演
13時から、うるま市石川会館で行われた。入賞者257名(銅賞、106、

銀賞76、金賞50、会長賞25名)おじいちゃん・おばーちゃん、お父さん・お母さん
等大賑わいの公演でした。

プログラム  1 組踊 執心鐘入、2 斉唱 安波節(銅賞者)、3 秋の踊り(舞踊)
新安里屋ユンタ(銀賞者)、4 斉唱 恩納節・上り口説(舞踊)金賞者、5 かぎゃで

風節・固め節(会長賞者)、6 器楽合奏 祝節・めでたい節・鳩間節
友情出演として、舞踊・筝・太鼓・笛・胡弓の小・中・高生の生徒たちが頑張った。

私もこれまで11人送り今回比嘉政斗君(小4)が銅賞がんばりました。全員に拍手!!!  








歌・三線 下地彩香 上間由利奈 比屋根茉奈 仲宗根圭香 内間安享 當眞嗣世斗 
筝 上原かれん 登川智音子 安岡日菜  太鼓 友寄透生  笛 山川みつみ
胡弓 大城麻夢  *皆頑張った。特に小学生の3人の筝は頑張りましたね!!
*指導者の方たち、三線と筝の調絃は一人の方に任せたほうがよいかと・・・・




中城若松 宮城百望・宿の女鬼女 兼本沙新 座主 国場現 小僧(一)島袋賢哉
小僧(二)伊波樹理 小僧(三)島田小菜美 後見・拍子木 渡慶次祥矢

*次は座主、小僧を撮れるようにしよう。 *写真必要な方連絡下さい。  

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2011年07月25日

カリフォルニアフットヒル大学





1991年度国際ヘリテージ受賞者(ハワイ在住者)の仲宗根盛松先生との地唄の
共演がわたしの芸歴の一ページに刻まれた、ありがとうございました。

公演終了後大学の音楽の先生が私の所に来て、ご自分の喉を触って、そして私の
喉を指さして、親指を立てて握手を求めたのにはすごく感動をしたのがいまでも

記憶に新しい。
  

2011年07月11日

伊平屋中50周年チャリテー公演

伊平屋中創立50周年チャリテー公演が平成10年5月31日(日)6時半
パレット市民劇場9階で華々しく開いた。

主催 稲穂会(伊平屋中11期卒の有志、野甫中9期卒の有志)の親睦グループに
よる珍しいチャリテー公演になった。

* 伊平屋中学校創立50周年記念事業期成会の事業計画による資金集めが停滞
するなか、私たちの公演の大成功を報道の電波にのり、沖縄はもとより全国各地から

寄付がどっと集まり、関係者からうれしい悲鳴がよせられた時は、うれしさが倍加した。

       平成10年5月29日・沖縄タイムス 夕刊掲載










  

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2011年06月26日

天草四郎

6月13日前日までの大雨、土砂くずれも引き起こした大雨も、今日は曇り空ながら
晴れた、小さいときから気になっていた、天草四郎の終焉の地に行ってみたい

願望がかなう日が今日。車、フェリー、車で乗り継いで原城へたどり着いた
天草四郎時貞を盟主とした、島原の乱は、重税を課し生活を圧迫する領主への

不満と、信仰を弾圧されることへの犯行という、民衆の悲痛な重いが込められた
まぎれもない歴史上の事実のようだ。

1637年12月3日37000人の兵が立てこもり、幕府軍12万5000人と抗戦した88日
間、ついに敗れ、老弱男女の関係なく全員皆殺しされた、天草四郎は首を切られ

持ちされたようだ。  今日は三線、琉球音楽で沖縄県民を代表して追悼演奏をした
      
        *上の写真は天草四郎陣中旗




 *原城、本丸の天草四郎墓、大雨でぬかるんで近くの腰掛で失礼しました


  

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2011年06月21日

交流(天草・松下家)

6月11日7時35分の飛行機で福岡、プロペラ機で天草へ大雨でどうなるかと
心配も無事着陸で安心。娘婿が天草出身で実家訪問と、婿殿の配慮で親孝行の

旅となったしだい。その日の歓迎会、旧家で広い家、料亭かと錯覚しそうな
歓迎会、私の不用意な発言、私の出身地伊平屋島ではお祝いの席で三線弾きの

方には家のおかみさん等がお酌して座を盛り上げて下さいとお酌をします。
むねの話をしたら、オバーさん(まだ若いけど)、長男の嫁さん、次男の嫁さん

次々お酌してくれるのでびっくりして、穴があったら入りたいくらいの赤面
でした。私は地方の文化、風習、習慣等に興味があったのに、最後は大笑い。

でも他府県で、家庭訪問の歓迎会は今回が初めて、地方は沖縄とだいぶ似てる所
がある。














  

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2011年06月08日

仲村渠節

仲村渠節  (野村流古典音楽の本)
なかむかりすばいど ますだれはさげて あにあらはもとまば しのでいもうれ
歌意・仲村柄家の母屋の北側戸(夜中小用のために出入りする戸)にスダレを下げて
置いた時は大丈夫ですから、忍んでいらっしてください。

去る5月8日伊江島観光に行ってきた



上は伊江島の仲村柄節の碑の前で仲村渠節を奉納演奏しました。
伊江島の仲村柄節はなぜ柄と書くのか問い合わせをしました、教育委員会の方が
伊江島に伝わる資料では(柄)が書かれているとのこと、それで碑は柄になっていました

今から190年前の伊江島の仲村渠マカト、音に聞こえた美人と伊是名島の松金、これまた
マカトの評判に劣らぬ美男子との恋物語り、マカトが松金会いたさに伊是名行きの船築登
に頼み、伊是名行き松金と逢う、二人は相思相愛になりマカトは恋と伊江島で心配して

いる両親との狭間で伊江島の見える山の上の3坪ほどの平たい石の上(後の美ら織所)で
機を織りながら松金との愛を楽しんでいた。やがて両親から迎えが来て伊江島にいく
今度は伊江島が恋のステージやがて船での密会が島の青年達に観られ、マカテは船から

転落し死に続いて松金も後を追う、そこが伊江島の北側、伊是名島が真向かいに見える。
そこに仲村柄節の碑が建てられている伊江島の教育委員会の供養の思い入れでしょう。
またその地は昔から不毛の地、今はユリ祭りで観光コース、仲村柄マカトを偲ぶロマンの

コース。私も三線でマカテと松金にまつわる琉歌で供養の演奏をした。
またユリ植えかたも網の目のように風塩に耐えられるように村の努力がうかがえた。  

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2011年05月31日

勘違い(新聞の見方)

写真は平成23年5月23日(月)琉球新報朝刊です。





*上の写真・朝起きて急ぎの用で新聞を観た(配達時店では二つ折りになっている)
キングス頂点になったんだ、浜松に逆転したんだやったか!!、握りこぶしで要件
をすませ、そのままスポーツジムに行った、キングスの話がどうもかみあわない。


*下の写真・帰宅して今度は新聞を広げた、アジャー!!!準優勝か、浜松に逆転
負けしたんだ。新聞の折り目と文字と書き方が大きな勘違いの要因になった。


  

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2011年05月20日

東恩納清二 THE 唄

平成元年12月に念頭平松が新日本の名木百選に選ばれた事を記念して平成2年9月に
浦添市民会館と広場で田名の民族芸能(入羽、棒術、ウシデーク、)舞台では式典

舞踊、1,2部創作舞踊、祝賀会等、午前10時から夜の10時までぎっしりと詰まった。
プロの芸能家を動かすのは責任感があるから比較的楽だが、シロートはたいへん出演者
200人は伊平屋の青年、婦人、壮年部、また資金集めと、私の人生であれほど

後にも先にもエネルギーを使ったことはない(平成23年5月まで)。
今回は沖縄ジァンジァンでその1部を青年会と一緒に平松の由来を披露しました。






      プログラム
斉唱 大田名節 
   唄 琴 中島絹枝、安里ヒロ子、東江朝子、宮里孝子、新垣ヤス
舞  むんじゅるー    宮良勝津美
   唄 三線 東恩納清二 金城克治 佐久本正義 
   琴    安里ヒロ子     太鼓 安座間明美

舞  花風        船越節子
   唄 三線 同上        琴 中島絹枝
舞  高平良万歳     伊波正江
   唄 三線 同上   琴 新垣ヤス  太鼓 安座間明美

独唱 散山節、仲風    東恩納清二   琴  宮里孝子
  舞シルエット、仲風   船越節子
独唱 与那国ションカネー  唄 琴 安里ヒロ子  ハヤシ中島絹枝
  舞シルエット、与那国ションカネー  宮良勝津美 

独唱 トバラーマ  唄 琴 東江朝子  はやし新垣ヤス
  舞シルエット、トバラーマ  伊波正江
創作舞踊劇 念頭平松の由来  原作・作曲・選曲  東恩納清二
     芝居作 松村宏   舞踊作 安座間澄子
   唄 三線 金城克治 仲里功 東恩納清二 琴 東江朝子・新垣ヤス
   芝居 東恩納清二 石川敏雄 比嘉辰次 東恩納利幸 山城トシ子 名嘉恵子
   
   舞踊 内間百子 国吉美枝 平田隆子 名嘉かおる 南部千賀子 東恩納経子
      東恩納依子 比嘉辰次
   
      化粧 久手堅一子 安座間明美 島袋節子   ナレータ 安次嶺律子    

Posted by 響き(とよむ) at 04:04Comments(2)TrackBack(0)平松の由来