2008年04月18日
琉歌漫歩「山原の旅」の小さな巨人
第15回沖縄芸能連盟(玉城節子会長)主催の「歌の碑巡り北部編」が3月27日参加者353名大型バス7台を連ねて賑やかな大名行列となったコースは戦後のヒット曲二見情話、その碑の前では353名のダイナミックな男女掛け合いの歌で始まり、汀間の丸目加奈(まるみ
かな)と首里の役人請人(うきにん)神谷の恋の物語を歌った、汀間とう節を渡久地美代子師匠が即効で踊り 「つつじ園」で昼食、イベント用舞台があり芸能連盟としてはそのまま帰るわけにはいかない、上り、下り口説、浜千鳥を舞い、踊った方 新垣満子 山内小夜 伊波正江・・・・・師匠、安波節、国頭サバクイでは大斉唱し、森川の子 許田の手水となった。碑の前とバスの中では担当講師の説明を受け琉歌漫歩の旅を堪能した。
碑の前とバスの中で三線を弾いた私の所に5歳位の男の子が「金細工説を聞きたいから歌ってください」と来た、
私は一瞬どこからこのバスに迷いこんできたのか?こんな小さな子が「金細工説」をと驚いて頭をなでた。
マイクでそのむね説明すると、新垣満子師匠のれっきとした弟子で5歳、3歳から母親と一緒に稽古しているそうな。
大人だったら断っていたはずが礼儀正しい子だから半信半疑で三線を弾く、すると照れも気負いも無く1人3役、喰て加奈兄
(くわてーかなひ)と辻の真牛(もーさー)と辻の阿母(あんま)役を実に表情豊かに淡々とこなす、私も驚きの笑いをこらえながら歌と三線を踏ん張る。その表情がなぜか天才といわれる野球の一郎選手とかさなった。バスはもう完全に5歳の坊やの独演会だ、今度は高平良万歳の口説だけと来た、口説を終ると物足りないか編み笠をはずす所作だ、惹かれるように
一くさりを歌った。もうこんな子供なんて考えはいらない、比嘉克之君との会話でバスは終点に着いた帰り際に今度
合うときは「しょんどうの踊り」をぜひときた。いつどこで小さな巨人と巡り合うか楽しみだ
2004年4月 野村流音楽協会

ヤシャハゼ *画像をクリックして拡大して観て下さい
かな)と首里の役人請人(うきにん)神谷の恋の物語を歌った、汀間とう節を渡久地美代子師匠が即効で踊り 「つつじ園」で昼食、イベント用舞台があり芸能連盟としてはそのまま帰るわけにはいかない、上り、下り口説、浜千鳥を舞い、踊った方 新垣満子 山内小夜 伊波正江・・・・・師匠、安波節、国頭サバクイでは大斉唱し、森川の子 許田の手水となった。碑の前とバスの中では担当講師の説明を受け琉歌漫歩の旅を堪能した。
碑の前とバスの中で三線を弾いた私の所に5歳位の男の子が「金細工説を聞きたいから歌ってください」と来た、
私は一瞬どこからこのバスに迷いこんできたのか?こんな小さな子が「金細工説」をと驚いて頭をなでた。
マイクでそのむね説明すると、新垣満子師匠のれっきとした弟子で5歳、3歳から母親と一緒に稽古しているそうな。
大人だったら断っていたはずが礼儀正しい子だから半信半疑で三線を弾く、すると照れも気負いも無く1人3役、喰て加奈兄
(くわてーかなひ)と辻の真牛(もーさー)と辻の阿母(あんま)役を実に表情豊かに淡々とこなす、私も驚きの笑いをこらえながら歌と三線を踏ん張る。その表情がなぜか天才といわれる野球の一郎選手とかさなった。バスはもう完全に5歳の坊やの独演会だ、今度は高平良万歳の口説だけと来た、口説を終ると物足りないか編み笠をはずす所作だ、惹かれるように
一くさりを歌った。もうこんな子供なんて考えはいらない、比嘉克之君との会話でバスは終点に着いた帰り際に今度
合うときは「しょんどうの踊り」をぜひときた。いつどこで小さな巨人と巡り合うか楽しみだ
2004年4月 野村流音楽協会

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