2007年12月26日
歌は格闘技
結成11年目、平均年齢65歳のシニア層を中心とした混声合唱団「アミーチ」の第7回演奏会を8日、那覇市民会館
大ホールでじっくり拝聴した。真っ赤な衣装で堂々とした73人の女性軍団に対して遠慮がちな男性33人、して今日のバトルは?会場は最初から温かい笑いに包まれた。指揮者の翁長剛氏のタクトが振られると人生の喜怒哀楽を経験した熟年の感性と歌声が会場いっぱいに響き思わず「ホー」、ステージにくぎ付けされた。曲が終ると誰かが思わず「ブラボー」と叫んだ、これが観客の答えだろう。しかし男性人が女性軍団に圧倒されている、比率からしてあと20人はほしいところか。
結成当時は男性は1人だったとそれから一本釣りで今日の人数になったとは肩の凝らない司会の話術。男性側の聞かせどころソーラン節の三線の音をバスの声だろうか女性を圧倒した。1部が終るとすかさず観客席から「おばちゃーん」かわい声が響く、ステージと観客から大笑い、この声が今日の出演者と観客の年齢層だろう。「歌は格闘技なり」腹の底から頭骨を響かせて人間の持っている本能的な声で聞き手の本能に訴える、翁長氏の言葉と司会者が紹介してくれた。
私も未熟ながら琉球古典音楽を勉強して40年近い、30年前から古典音楽でも「喜怒哀楽、歌は格闘技」を自分なりに
心に抱いてきた。違うジャンルからの指摘、まさに「歌に壁なし国境なし」小躍してペンを執った。
2006年9月14日 琉球新報朝刊 テイータイム掲載

大度海岸のサンゴ *クリックして拡大して観て下さい
大ホールでじっくり拝聴した。真っ赤な衣装で堂々とした73人の女性軍団に対して遠慮がちな男性33人、して今日のバトルは?会場は最初から温かい笑いに包まれた。指揮者の翁長剛氏のタクトが振られると人生の喜怒哀楽を経験した熟年の感性と歌声が会場いっぱいに響き思わず「ホー」、ステージにくぎ付けされた。曲が終ると誰かが思わず「ブラボー」と叫んだ、これが観客の答えだろう。しかし男性人が女性軍団に圧倒されている、比率からしてあと20人はほしいところか。
結成当時は男性は1人だったとそれから一本釣りで今日の人数になったとは肩の凝らない司会の話術。男性側の聞かせどころソーラン節の三線の音をバスの声だろうか女性を圧倒した。1部が終るとすかさず観客席から「おばちゃーん」かわい声が響く、ステージと観客から大笑い、この声が今日の出演者と観客の年齢層だろう。「歌は格闘技なり」腹の底から頭骨を響かせて人間の持っている本能的な声で聞き手の本能に訴える、翁長氏の言葉と司会者が紹介してくれた。
私も未熟ながら琉球古典音楽を勉強して40年近い、30年前から古典音楽でも「喜怒哀楽、歌は格闘技」を自分なりに
心に抱いてきた。違うジャンルからの指摘、まさに「歌に壁なし国境なし」小躍してペンを執った。
2006年9月14日 琉球新報朝刊 テイータイム掲載

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2007年12月24日
棒高跳びと三線外交
本県の棒高跳びの記録保持者(高校一般)の知念健二君24歳が去年の11月に私の友人の内間君の頼みで三線を習い
に来た、これには条件があった。来年の5月にニュージランドへ1年間陸上留学するが、その時に三線を持って行きたいので
集中特訓をお願いとのことだった。短期決戦は臨むところだ、さっそく計画を練り2人のバトルが始まった。
スポーツマンらしく明るくチャレンジ精神が旺盛だ。なにより古典、民謡とわず好きで集中力が凄い、そして声がついてくる。
与えられた課題を次々棒高跳びのようにクリアしていく、その彼が5月初めに明るい声で旅たった。程なく絵葉書が来た、
以来7通を数える。そのどれにも三線がすばらしく習ってよかったと、そして南米を遠征中、
「アルゼンチンのバスの中で地もとのアーチストが三線を見てすぐに弾いて下さいと声をかけてきて家まで招待され、
また沖縄にもすごく興味をもたれいつか遊びに行くとのこと、改めて三線音楽の力って人をリラックスさせ引き付けるんだなー」
とはがきの健二君、帰省して新人賞を取得2007年3月千葉県の三育小学校に転勤し長男誕生の報を受け
学校の子供達と一緒に三線を楽しんでいるようだ
2002年10月8日 琉球新報声の欄掲載
カクレクマノミ *クリックして拡大して観て下さい
に来た、これには条件があった。来年の5月にニュージランドへ1年間陸上留学するが、その時に三線を持って行きたいので
集中特訓をお願いとのことだった。短期決戦は臨むところだ、さっそく計画を練り2人のバトルが始まった。
スポーツマンらしく明るくチャレンジ精神が旺盛だ。なにより古典、民謡とわず好きで集中力が凄い、そして声がついてくる。
与えられた課題を次々棒高跳びのようにクリアしていく、その彼が5月初めに明るい声で旅たった。程なく絵葉書が来た、
以来7通を数える。そのどれにも三線がすばらしく習ってよかったと、そして南米を遠征中、
「アルゼンチンのバスの中で地もとのアーチストが三線を見てすぐに弾いて下さいと声をかけてきて家まで招待され、
また沖縄にもすごく興味をもたれいつか遊びに行くとのこと、改めて三線音楽の力って人をリラックスさせ引き付けるんだなー」
とはがきの健二君、帰省して新人賞を取得2007年3月千葉県の三育小学校に転勤し長男誕生の報を受け
学校の子供達と一緒に三線を楽しんでいるようだ
2002年10月8日 琉球新報声の欄掲載
カクレクマノミ *クリックして拡大して観て下さい
2007年12月24日
そーむん(大事なもの)忘ったるむん(忘れてしまった)
第11回になる島袋光裕芸術文化賞の贈呈式が7日夜、ロワジールホテルで大勢の芸能家や関係者で賑わった。
受賞者は宮城鷹夫、安座間澄子両氏、会長の簡単なあいさつ、自分から審査委員長になったという沖縄の芸能界の
水戸黄門こと崎間麗進御大、歳は重ねても口と体は意気軒昂、独特な話術で審査の裏話をチクリ、会場を笑いのステージ
へ。いよいよ受賞式、賞状と盾を宮城氏に贈呈した呉屋秀信会長、副賞の金一封を司会から催促されておもわず
「あい!そーむん忘ったるむん」。笑いをこらえた独り言がマイクから流れた、沖縄人で企業家らしい言葉に会場は静かな笑い
こういうチョンボは癒されて時間を忘れさせてくれる。県知事、那覇市長の挨拶(代読)のあと受賞者のあいさつ。最初の
宮城氏、長い挨拶になるやと構えていると、
わずか30秒でさっさと席に戻った。あっけにとられた会場、やっと笑いが起こり次第に爆笑。司会の機転の合図で2度3度の
大拍手、そーだ受賞者のことは周囲の挨拶で十分だ。本人はこれでいいんだと変に納得したが、これじゃ次の安座間先生は
やりずらいだろう、とおもいきや準備した原稿を読むがこれまた、1分20秒、女性の優しさの文でかるくまとめた感じ、
誰かが行ったことを思い出した。「あいさつは短めに、幸せは長ーく」と会場の雰囲気で納得した。帰路今日は七夕、
女房と2人でネオンの中へ繰り出した。
茶のみ話 沖縄タイムス朝刊 2004,8,13 掲載

クダゴンベ *クリックして拡大して観て下さい
受賞者は宮城鷹夫、安座間澄子両氏、会長の簡単なあいさつ、自分から審査委員長になったという沖縄の芸能界の
水戸黄門こと崎間麗進御大、歳は重ねても口と体は意気軒昂、独特な話術で審査の裏話をチクリ、会場を笑いのステージ
へ。いよいよ受賞式、賞状と盾を宮城氏に贈呈した呉屋秀信会長、副賞の金一封を司会から催促されておもわず
「あい!そーむん忘ったるむん」。笑いをこらえた独り言がマイクから流れた、沖縄人で企業家らしい言葉に会場は静かな笑い
こういうチョンボは癒されて時間を忘れさせてくれる。県知事、那覇市長の挨拶(代読)のあと受賞者のあいさつ。最初の
宮城氏、長い挨拶になるやと構えていると、
わずか30秒でさっさと席に戻った。あっけにとられた会場、やっと笑いが起こり次第に爆笑。司会の機転の合図で2度3度の
大拍手、そーだ受賞者のことは周囲の挨拶で十分だ。本人はこれでいいんだと変に納得したが、これじゃ次の安座間先生は
やりずらいだろう、とおもいきや準備した原稿を読むがこれまた、1分20秒、女性の優しさの文でかるくまとめた感じ、
誰かが行ったことを思い出した。「あいさつは短めに、幸せは長ーく」と会場の雰囲気で納得した。帰路今日は七夕、
女房と2人でネオンの中へ繰り出した。
茶のみ話 沖縄タイムス朝刊 2004,8,13 掲載

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2007年12月09日
古(いにしえ)の先祖に抱(いだ)かれて
十月十七日、台風20号の間隙を縫って船は仲田港に着いた。港には「名誉村民尚家22代当主、故尚裕様お帰りなさい」との横断幕があり、村長はじめ関係者が喪服姿でずらりと並んでいた。タラップから遺骨を抱いた長男、娘、孫、尚財団関係者が安どした表情で下りてきた。これから伊是名村玉御殿で御安葬の儀が行われる。
尚裕氏は、今から五百九十年前、伊是名村の農民の子として生まれ、「チロウ(強い)、ジンブン(知恵)、カーギ(顔)、シガタ(姿)」で、第二王統(十九代四百九年)を築いた金丸、始祖尚円王の末えいで、琉球の歴史と文化、平和と守礼の国を創造した王統である。
沖縄には玉御殿が二カ所ある。首里玉御殿(玉陵)は歴代王とその側室、子供たちが安葬されている。伊是名玉御殿は、東室に尚円王の父母、姉、宗祖、西室には代々の伊平屋アンガナシー、両二カヤ田アンガナシー、そして銘苅家主夫妻が安葬されている。
二十二代当主の尚裕氏が生前、伊是名島にある尚家の財産をすべて村に無償提供したことや、また、同氏の「永遠の眠りは伊是名島」との要望もあり、尚円が島を出て五百六十六年の時空を越えて、古(いにしえ)の先祖に抱かれての安葬の儀となった。また、昨年十一月に亡くなられた裕氏の姉・井伊文子さんも同様、八月二十七日に分骨の儀が行われた。
琉球最後の国王尚泰のひ孫の東室への安葬に対して、奉納演奏を野村流と興陽会で厳かに行った。
伊是名玉御殿 御骨納みやい 御主加那志代々に とどみさびら
御骨納みたる 金丸ぬ誇い 代々にさたぬくす 島ぬ語り
2005.12.21(水)琉球新報夕刊掲載
サラサゴンベ *クリックして拡大して観て下さい
尚裕氏は、今から五百九十年前、伊是名村の農民の子として生まれ、「チロウ(強い)、ジンブン(知恵)、カーギ(顔)、シガタ(姿)」で、第二王統(十九代四百九年)を築いた金丸、始祖尚円王の末えいで、琉球の歴史と文化、平和と守礼の国を創造した王統である。
沖縄には玉御殿が二カ所ある。首里玉御殿(玉陵)は歴代王とその側室、子供たちが安葬されている。伊是名玉御殿は、東室に尚円王の父母、姉、宗祖、西室には代々の伊平屋アンガナシー、両二カヤ田アンガナシー、そして銘苅家主夫妻が安葬されている。
二十二代当主の尚裕氏が生前、伊是名島にある尚家の財産をすべて村に無償提供したことや、また、同氏の「永遠の眠りは伊是名島」との要望もあり、尚円が島を出て五百六十六年の時空を越えて、古(いにしえ)の先祖に抱かれての安葬の儀となった。また、昨年十一月に亡くなられた裕氏の姉・井伊文子さんも同様、八月二十七日に分骨の儀が行われた。
琉球最後の国王尚泰のひ孫の東室への安葬に対して、奉納演奏を野村流と興陽会で厳かに行った。
伊是名玉御殿 御骨納みやい 御主加那志代々に とどみさびら
御骨納みたる 金丸ぬ誇い 代々にさたぬくす 島ぬ語り
2005.12.21(水)琉球新報夕刊掲載

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2007年12月09日
歌い初め 舞い初め
第10回新春「歌い初め 舞い初め華舞台」(琉球新報社主催)が10日夜、県立武道館で2000人の芸能家が集い、華々しい幕開けとなった。神事のお清め、沖縄の県知事として珍しい仲井真県知事の挨拶もあり、芸能に対する造詣がうかがえた。そうだ、知事のお父さん元楷氏は芸能連盟の四代目の会長だった。
歌い初めではかぎやで風も弾き、カメラの注目を浴びた。芸能文化、方言(しまくぅとば)なども新しい視点から行政に、そして県の職員採用試験にも取り入れたらどうでしょう?
今年は三線、舞踊、太鼓等が例年より増えた。各流派の力の入れようか。筝が寂しい。演奏場所のせいか。単独組織のせいか、来年に期待しよう。
沖縄の三線というと、歌も含めての印象があるが、歌、三線の呼び名が正しく、歌が主で三線は従。歌の調子をとるために発達したようだ。
新春を寿ぐ荘重な御嘉利3曲の後に、フロアいっぱいを埋め尽くした金の蝶銀の蝶の舞初めである。扇子の片面は金色片面は銀色、ライトを浴びた扇子が金銀の蝶のように、また大波小波のようにフロアいっぱい幻想の世界へと誘う新春の一大パノラマだ。また浜千鳥節の得意な老御大が最前列で誇らしげに踊る姿に舞踊家の神髄を見た。
「最も高尚なる芸術は道徳と一致す、死するまで学ぶべし」。沖縄の芸能バンザイ!
2007.1.21(日) 琉球新報朝刊掲載

* 画像をクリックして拡大して観て下さい
ユカタハタ
歌い初めではかぎやで風も弾き、カメラの注目を浴びた。芸能文化、方言(しまくぅとば)なども新しい視点から行政に、そして県の職員採用試験にも取り入れたらどうでしょう?
今年は三線、舞踊、太鼓等が例年より増えた。各流派の力の入れようか。筝が寂しい。演奏場所のせいか。単独組織のせいか、来年に期待しよう。
沖縄の三線というと、歌も含めての印象があるが、歌、三線の呼び名が正しく、歌が主で三線は従。歌の調子をとるために発達したようだ。
新春を寿ぐ荘重な御嘉利3曲の後に、フロアいっぱいを埋め尽くした金の蝶銀の蝶の舞初めである。扇子の片面は金色片面は銀色、ライトを浴びた扇子が金銀の蝶のように、また大波小波のようにフロアいっぱい幻想の世界へと誘う新春の一大パノラマだ。また浜千鳥節の得意な老御大が最前列で誇らしげに踊る姿に舞踊家の神髄を見た。
「最も高尚なる芸術は道徳と一致す、死するまで学ぶべし」。沖縄の芸能バンザイ!
2007.1.21(日) 琉球新報朝刊掲載

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