2007年12月09日

古(いにしえ)の先祖に抱(いだ)かれて

十月十七日、台風20号の間隙を縫って船は仲田港に着いた。港には「名誉村民尚家22代当主、故尚裕様お帰りなさい」との横断幕があり、村長はじめ関係者が喪服姿でずらりと並んでいた。タラップから遺骨を抱いた長男、娘、孫、尚財団関係者が安どした表情で下りてきた。これから伊是名村玉御殿で御安葬の儀が行われる。
 尚裕氏は、今から五百九十年前、伊是名村の農民の子として生まれ、「チロウ(強い)、ジンブン(知恵)、カーギ(顔)、シガタ(姿)」で、第二王統(十九代四百九年)を築いた金丸、始祖尚円王の末えいで、琉球の歴史と文化、平和と守礼の国を創造した王統である。
 沖縄には玉御殿が二カ所ある。首里玉御殿(玉陵)は歴代王とその側室、子供たちが安葬されている。伊是名玉御殿は、東室に尚円王の父母、姉、宗祖、西室には代々の伊平屋アンガナシー、両二カヤ田アンガナシー、そして銘苅家主夫妻が安葬されている。
 二十二代当主の尚裕氏が生前、伊是名島にある尚家の財産をすべて村に無償提供したことや、また、同氏の「永遠の眠りは伊是名島」との要望もあり、尚円が島を出て五百六十六年の時空を越えて、古(いにしえ)の先祖に抱かれての安葬の儀となった。また、昨年十一月に亡くなられた裕氏の姉・井伊文子さんも同様、八月二十七日に分骨の儀が行われた。
 琉球最後の国王尚泰のひ孫の東室への安葬に対して、奉納演奏を野村流と興陽会で厳かに行った。
 伊是名玉御殿 御骨納みやい 御主加那志代々に とどみさびら
 御骨納みたる 金丸ぬ誇い 代々にさたぬくす 島ぬ語り
 
          2005.12.21(水)琉球新報夕刊掲載                                  



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