2008年03月05日
先人達と心一つに
沖縄芸能連盟(玉城節子会長)の第14回いにしえを偲ぶ{琉球、薩摩ロマンの旅}が12月8日から10日まで行われ、51人の参加者で盛り上がった。古典舞踊の大部分が琉球の国王の戴冠式にやってくる、いわゆる御冠船の際に完成され、上演されたのに対して「上り、下り口説」はらち外で発達したものである。また「七五調」の音楽形式が琉球音楽に大きな変化をもたらした。
早朝5時に首里観音堂に集結し、千手観音様に旅の安全祈願をし「上り口説」の一番だけの奉納舞いを会長自ら踊り、大道松原ー安里八幡宮ー崇元寺ー美栄橋碑文ー中の橋ー三重城ー那覇港までを徒歩で行く、午前8時の船で残波岬を後に見て伊平屋渡の波を乗り越えながら、ゆれるデッキで「上り口説」「花風」を舞い、七島渡中もなだやしく硫黄が島の煙は、船から見る時間と位置、太陽の光、天気、噴煙の関係で「燃える煙」か「立ちゅる煙」に見えるようだ。今回は立ちゅる煙の方がすっきり感じる。そして佐多の岬ー御開聞ー山川港ー桜島ー鹿児島港にたどり着いた。
今回の講師は芸能界のご意見番崎間麗進先生、独特な話術で聞く人をいにしえの世界へと誘う、また旅の一番の楽しみは夜の懇親会。芸能人ならではのアトラクションが延々とつづく。とくに琴の安里ヒロ子、高良時江氏、舞の山内小夜氏等大ハッスル船の旅も悠久のロマンを醸し出し、船酔いも吹き飛びはじめての人もイチャリバ兄弟のごとくすぐ親しくなった。翌日、琉球人の墓参りをし琉球館後-山川港の異国船番所跡地、そしてそこにあったであろう「琉球人瀬」の碑、その由来は琉球人の船が座礁し、人や積荷を地元の人達が積極的に助けた。それを聞いた三司官池城親方が地もとの人達にお礼状を送った。

ガラスハゼ *クリックして拡大して観て下さい
その碑の土台が風で破壊され碑は20m先に転がっていた。見かねた一行仮にでも何とか修復しようと翌日早朝6時から実行に移した。実行にあたって碑の重量計算をし次に波の作用と反作用を分散させる場所、また地元の護岸工事に支障のない場所、元の場所から5m以内と選定してして作業に入った。石をかたずけ使える石を集め、木の廃材を拾い廃材をレールにして碑を転がし穴を掘り、碑を建て石を敷き詰め砂をかぶせ、参加者全員が熱気あふれ心が一つになり各々の仕事をはたし、完成した時は節子会長おもわず「バンザーイ」全員つられて「バンザーイ、バンザーイ」先人達と心が一つになった瞬間だった。
いにしえを偲ぶ琉球、薩摩ロマンの旅の締めくくりにふさわしい幕引きだった。夢多き純真なきらきら輝く少女のような瞳が脳裏からはなれない。崎間先生いわく「芸能は心だ」今度の旅は心の旅だったと説いた。
2004年12月30日(木) 琉球新報朝刊掲載

オキナワベニハゼ *クリックして拡大して観て下さい
早朝5時に首里観音堂に集結し、千手観音様に旅の安全祈願をし「上り口説」の一番だけの奉納舞いを会長自ら踊り、大道松原ー安里八幡宮ー崇元寺ー美栄橋碑文ー中の橋ー三重城ー那覇港までを徒歩で行く、午前8時の船で残波岬を後に見て伊平屋渡の波を乗り越えながら、ゆれるデッキで「上り口説」「花風」を舞い、七島渡中もなだやしく硫黄が島の煙は、船から見る時間と位置、太陽の光、天気、噴煙の関係で「燃える煙」か「立ちゅる煙」に見えるようだ。今回は立ちゅる煙の方がすっきり感じる。そして佐多の岬ー御開聞ー山川港ー桜島ー鹿児島港にたどり着いた。
今回の講師は芸能界のご意見番崎間麗進先生、独特な話術で聞く人をいにしえの世界へと誘う、また旅の一番の楽しみは夜の懇親会。芸能人ならではのアトラクションが延々とつづく。とくに琴の安里ヒロ子、高良時江氏、舞の山内小夜氏等大ハッスル船の旅も悠久のロマンを醸し出し、船酔いも吹き飛びはじめての人もイチャリバ兄弟のごとくすぐ親しくなった。翌日、琉球人の墓参りをし琉球館後-山川港の異国船番所跡地、そしてそこにあったであろう「琉球人瀬」の碑、その由来は琉球人の船が座礁し、人や積荷を地元の人達が積極的に助けた。それを聞いた三司官池城親方が地もとの人達にお礼状を送った。

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その碑の土台が風で破壊され碑は20m先に転がっていた。見かねた一行仮にでも何とか修復しようと翌日早朝6時から実行に移した。実行にあたって碑の重量計算をし次に波の作用と反作用を分散させる場所、また地元の護岸工事に支障のない場所、元の場所から5m以内と選定してして作業に入った。石をかたずけ使える石を集め、木の廃材を拾い廃材をレールにして碑を転がし穴を掘り、碑を建て石を敷き詰め砂をかぶせ、参加者全員が熱気あふれ心が一つになり各々の仕事をはたし、完成した時は節子会長おもわず「バンザーイ」全員つられて「バンザーイ、バンザーイ」先人達と心が一つになった瞬間だった。
いにしえを偲ぶ琉球、薩摩ロマンの旅の締めくくりにふさわしい幕引きだった。夢多き純真なきらきら輝く少女のような瞳が脳裏からはなれない。崎間先生いわく「芸能は心だ」今度の旅は心の旅だったと説いた。
2004年12月30日(木) 琉球新報朝刊掲載

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